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研究成果

内在性レトロウイルス配列によってヒトのエピゲノムが変化してきたことを発見!

Sequence divergence and retrotransposon insertion underlie interspecific epigenetic differences in primates

22/10/13

Mayu Hirata, Tomoko Ichiyanagi, Hirokazu Katoh, Takuma Hashimoto, Hikaru Suzuki, Hirohisa Nitta, Masaki Kawase, Risako Nakai, Masanori Imamura, Kenji Ichiyanagi Sequence divergence and retrotransposon insertion underlie interspecific epigenetic differences in primates Molecular Biology and Evolution , msac208

【本研究のポイント】 
・ヒトとチンパンジーの iPS 細胞の遺伝子発現とエピゲノム 注 1) を比較した。 
・遺伝子発現パターンもエピゲノムも、全体的にはよく似ていた。 
・LTR5 という内在性レトロウイルス 注 2) がヒト特異的あるいはチンパンジー特異的に挿入されたゲノム領域では、挿入部位近傍のエピゲノムが大きく変化していた。 
・本研究の成果は今後、iPS 細胞 注 3) を神経細胞などに分化させ、細胞分化過程でどのように遺伝子発現やエピゲノムが変化するのかを種間で比較する際の基盤となる。

【研究概要】 

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の平田 真由 博士前期課程学生(研究当時)、一柳 健司 教授らの研究グループは、国立大学法人 京都大学ヒト行動進化研究センターの今村 公紀 助教らとの共同研究で、ヒトとチンパンジーの iPS 細胞を用いて遺伝子発現(トランスクリプトーム)とヒストン修飾状態(エピゲノム)の比較解析を行い、内在性レトロウイルスの転移によって種特異的なエピゲノム状態が生じ、遺伝子発現パターンが変化してきたことを発見しました。 
この研究成果は、ジャンク DNA あるいは寄生 DNA 因子と考えられていた内在性レトロウイルスが、霊長類のエピゲノム進化を駆動していることを示すとともに、今後、細胞分化過程におけるエピゲノム変遷プログラムの種特異性を理解する基盤になると期待されます。 
本研究成果は、2022 年 10 月 12 日午前 6 時(日本時間)付国際分子生物進化学会誌「Molecular Biology and Evolution」オンライン版に掲載されました。 

【研究背景と内容】 
  ヒトとチンパンジーは約 500 万年前に分岐した近縁種ですが、両種間にはさまざまな表現型の違いが見られます。一般に表現型は遺伝子 DNA の塩基配列によって決まるのですが、全ての遺伝子(まとめてゲノムと呼びます)の DNA の塩基配列は両種間でとてもよく似ています。遺伝子を基に作られるタンパク質のアミノ酸配列はもっとよく似ています。このことから、ヒトとチンパンジーを分けている主原因は、タンパク質の性質の違いではなく、遺伝子がいつ、どこで機能するのかというプログラムが変化したことではないかと考えられています。

 

  哺乳類を含む真核生物の場合、遺伝子が使われるか使われないか(生物学の用語で言えば、発現するかしないか)は、DNA 自体の化学修飾と、DNA と結合してヌクレオソーム 注 4) を作るヒストンというタンパク質の化学修飾によって指令されています。このような仕組みをエピジェネティクス 注 5) と言い、染色体全体にわたってどのような化学修飾があるのかという、エピジェネティック修飾の総体をエピゲノムと言います。前述のように、ヒトとチンパンジーの種間差が遺伝子の塩基配列(情報)自体ではなく、その情報の使い方にあるのだとすれば、それはエピゲノムが違っている可能性が考えられます。

  
京都大学の今村 助教のグループは、これまでに複数のチンパンジーの iPS 細胞を樹立し、細胞分化誘導性などの性質を比較してきました。名古屋大学の一柳 教授のグループは、それらのチンパンジーiPS細胞とヒト iPS 細胞を用いて、遺伝子発現状態を mRNA-seq 法 注 6) で、ヒストン修飾状態を ChIP-seq 法 注 7) で解析しました(本研究では H3K4me3、H3K27me3 という種類の修飾を解析)。その結果、ヒトとチンパンジーでは遺伝子発現プロファイルもエピゲノム状態も全体的には非常によく似ていることが分かりました。一方、エピジェネティック修飾が種間で異なっているゲノム領域を約 5,000 領域同定しました。これらの領域のエピジェネティック差異の原因を調べたところ、そのいくつかは内在性レトロウイルス(レトロトランスポゾン 注 8) の一種)と呼ばれる DNA 配列がゲノムのある場所から別の場所に転移したことで生じていることを突き止めました。

 
その DNA 配列は、具体的には LTR5(あるいは HERVK)と呼ばれるものです。レトロトランスポゾンは、々ゲノム DNAの中に存在し、転写によって RNA が作られた後、逆転写によって DNA が作られ、それがゲノム DNA の別の場所に挿入されることで転移します。LTR5 は約 400 万年前から 600 万年前に最も転移活性が高かったと推定されています。ちょうどヒトとチンパンジーが分岐した前後です。そのため、ヒトとチンパンジーのゲノムには同じ場所にLTR5 があったり(両種の共通祖先で転移したコピー)、種特異的な LTR5 挿入があったりします(種が分岐した後に転移したコピー)。本研究の解析から、種特異的な LTR5コピーの周辺では H3K4me3 という転写を活性化するエピジェネティック修飾が挿入された種のみで生じていることが分かりました。つまり、進化の過程で LTR5 が転移したことにより、周辺のエピゲノム状態が書き換えられたと言えます。しかも、遺伝子の近傍で種特異的挿入がある場合、その遺伝子が活性化していました。 

【成果の意義】 
内在性レトロウイルスが転移すると、ゲノム DNA 配列が書き換えられることは自明ですが、それだけでなくエピゲノムも変化し、付随して遺伝子発現状態も変化することが分かりました。霊長類のエピゲノム進化に、レトロトランスポゾンの転移が関与していることを示す重要な発見となりました。 


さらに iPS 細胞は人工多能性幹細胞ともいい、適切な培地に置くことで、外胚葉、内胚葉、中胚葉の全ての胚葉系の細胞に分化する能力を持ちます。この性質を使うことで、iPS 細胞をニューロンなどに分化させて、ヒトやチンパンジーのニューロンが胎児の中で発生する過程を培養皿の中で再現して比較することが可能です。本研究は、そのような「幹細胞を用いた新しい霊長類進化学の潮流」を生み出し、ヒトの進化過程を分子や細胞のレベルで解き明かす基盤になると期待できます。 

本研究は、2019 年度から始まった文部科学省科学研究費助成事業・挑戦的研究(萌芽)の支援のもとで行われたものです。 


【用語説明】 
注 1)エピゲノム: 
エピジェネティックな化学修飾がゲノム上のどこに存在するのか、その修飾の全体を表す概念。 
 
注 2)内在性レトロウイルス: 
レトロトランスポゾンの一種。進化的な起源や DNA 配列がレトロウイルスと非常に近いので、内在性レトロウイルスと呼ばれるが、ウイルスではない。 
 
 
注 3)iPS 細胞: 
分化した体細胞に Yamanaka 因子を強制的に発現させることで、未分化な状態に変化させた細胞のこと。適切な培地で培養することによって、さまざまな細胞に分化させることができる。近年では臓器に似た三次元構造体(オルガノイド)の作成も可能である。 
 
注 4)ヌクレオソーム: 
真核生物で染色体(クロマチン)を構成する基本単位。8 分子のヒストン・タンパク質に約 150 塩基対の DNA が巻き付いてできた構造体で、長い DNA 鎖上でビーズのように繋がっている。 
 
注 5)エピジェネティクス: 
染色体(クロマチン)の化学修飾などにより、遺伝子の発現状態を制御するメカニズムのこと。例えば、転写活性化には H3K4me3 修飾が重要なはたらきをもち、転写不活性化には H3K27me3 修飾が重要な働きをもつ。一つの受精卵から同じゲノム配列を持つ細胞を大量に作りながら体を形成していく発生過程では、エピジェネティックな遺伝子発現制御機構は特に重要である。 
 
注 6)mRNA-seq 法: 
細胞内の mRNA を回収、精製し、それらの塩基配列を網羅的に決定することにより、どの遺伝子の mRNA が、どの程度細胞内に存在しているのかを解析する手法。

注 7)ChIP-seq 法: 
特定の修飾状態のヒストンなどに特異的な抗体を用いてヌクレオソームを回収し、その DNA の塩基配列を網羅的に決定することにより、ゲノムのどの領域にどのようなヒストン修飾が集積しているのかを解析する手法。 
 
注 8)レトロトランスポゾン: 
自身の配列を RNA に一度コピーしてから DNA を作り、その DNA をゲノムの別の場所に挿入する DNA 配列の総称。ヒトゲノムの中に数百万コピーあり、ゲノムの約40%を占める。 
 
 
【論文情報】 
雑誌名:Molecular Biology and Evolution 


論文タイトル:Sequence divergence and retrotransposon insertion underlie interspecific epigenetic differences in primates 


著者:平田真由 1 、一柳朋子 1 、加藤大和 1 、橋本拓磨 1 、鈴木輝 1 、新田洋久 1 、 川瀬雅貴 1 、仲井理沙子 2 、今村公紀 2 、一柳健司 1 
所属: 1 名古屋大学大学院生命農学研究科、 2 京都大学ヒト行動進化研究センター 


DOI: 10.1093/molbev/msac208 

​京都大学リサーチニュース

https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-10-12-1

Mayu Hirata, Tomoko Ichiyanagi, Hirokazu Katoh, Takuma Hashimoto, Hikaru Suzuki, Hirohisa Nitta, Masaki Kawase, Risako Nakai, Masanori Imamura, Kenji Ichiyanagi Sequence divergence and retrotransposon insertion underlie interspecific epigenetic differences in primates Molecular Biology and Evolution , msac208

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