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研究成果

マダガスカルのキツネザルは声帯を2つもっていた

Twin vocal folds as a novel evolutionary adaptation for vocal communications in lemurs.

24/2/14

Nakamura, K., Kanaya, M., Matsushima, D. Dunn, J. C., Hirabayashi, H., Sato, K., Tokuda, I. T. & Nishimura T*. Twin vocal folds as a novel evolutionary adaptation for vocal communications in lemurs. Scientific Reports 14, 3631 (2024).

西村剛 京都大学ヒト行動進化研究センター 准教授、中村冠太 同大学大学院理学研究科修士課程学生(研究当時)は、徳田功 立命館大学理工学部教授、Jacob C. Dunn 英国・アングリア・ラスキン大学准教授、佐藤公則 久留米大学医学部客員教授、平林秀樹 獨協医科大学特任教授らと共同して、マダガスカル固有種であるキツネザル類が、双子の声帯という、他の霊長類にはない独自の進化を遂げていたことを明らかにしました。

本研究では、キツネザル類で声帯の上に並行してもう一つの声帯様の構造があることを明らかにし、実験的手法によりその双子の声帯の振動特性や音響学的効果を示すことに成功しました。キツネザル類は、2つの声帯を同時に振動させることにより、大きく、低い音声を効率的に作ることができることがわかりました。そのような音声を作るための形態進化は、他のサル類にも見られますが、その解剖学的特徴は異なります。長く他の地域から孤立し独自の生物進化が織りなされてきたマダガスカルにおいて、キツネザル類もひじょうにユニークな形態進化を遂げたのでしょう。生物は、同じ効果を得るにも、すべてが一つの形態進化に収斂されるわけではなく、多様な進化を辿りうることを示しました。

本成果は、2024年2月14日に英国の国際学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

1.背景
キツネザル類は、アフリカ大陸の東に浮かぶマダガスカルの固有種です。キツネザル類では多様な音声コミュニケーションが進化しています。キツネザルのいくつかの種では、声帯の構造が他の霊長類と異なっているという報告がありました。声帯は、喉にあって、呼気流により振動して音源を作ります。しかし、キツネザル類の声帯の解剖学的特徴を体系的に調べた研究はなく、かつ、その音響学的効果については全く手付かずでした。本研究では、キツネザル類の声帯の形態とその音響学的効果について、解剖学と工学的実験のアプローチを融合して明らかにし、その適応的意義を検討しました。

2.研究手法・成果
声帯の解剖学的解析には、キツネザル類2科4属5種のサル類の摘出喉頭標本とともに、それらの比較するメタに、アフリカ・アジア大陸に生息する姉妹群であるロリス類2科3属3種と、ニホンザルやチンパンジーなどの標本を使用しました。それら、貴重な標本を、ヨウ素染色して高解像度CTで軟組織を可視化して撮像することで、標本を破壊することなくコンピューター上で声帯の解剖学的探索を行いました。それにより、キツネザル類では、声帯とは別に、その上の前庭と呼ばれる部位の形態が変形し、あたかも第二の声帯の様になっていました。さらに、声帯には声帯筋と呼ばれる筋があるのですが、声帯筋が分岐して、その第二の声帯にも入っていました。また、その第二の声帯を覆う上皮は、声帯と同じく重層扁平上皮とよばれるものでした。この上皮は、ヒトや他のサル類では声帯のみでみられるもので、声帯振動で繰り返す衝突への耐性を有したものです。これらの解剖学的特徴は、キツネザル類は、第二の声帯も、声帯同様に振動させて発声していることを示します。さらに、声帯の物性を模したモデル声帯を用いて、2つの並行する声帯が振動することによる音響学的効果を実験的に解析しました。それらの解析を経て、キツネザル類では、双子の声帯が進化して、大きく、低い音声を効率的に作ることができることがわかりました。

3.波及効果、今後の予定
音声の高さは、体の大きさを反映します。体が大きい個体は、小さい個体より、低い音声を発する傾向があります。つまり、低い音声を、大きく効率的に作ることができると、体が大きいことを遠くまで知らせることができます。例えば、大きな個体は、音声を発するだけで、小さな個体が避けていくといった行動を誘発することができます。他のサル類でも、低い音声を出すための形態進化がみられることがあります。独自の生物進化が織りなされてきたマダガスカルにおいては、キツネザル類も、他のサル類とは異なる独自の形態進化を遂げたと言えます。本研究は、生物は、同じ効果を得るにも、すべてが一つの形態進化に収斂されるわけではなく、多様な進化を起こしうることを示しました。
本研究では、生物学と工学の融合により、サル類の音声コミュニケーションの進化の新たな側面を明らかにできました。多様なアプローチを総合することで、生物音響の進化プロセスの理解をさらに深めていけると期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、立命館大学、獨協医科大学、久留米大学医学部、英国・アングリア・ラスキン大学等の国際共同研究による成果です。本研究は、日本学術研究振興会科学研究費補助金基盤研究(A)「サル類の声帯振動特性に関する実験的研究による話しことばの進化プロセスの解明」19H01002、基盤研究(B)「実体模型、摘出喉頭、数理モデルによる声帯膜の不安定振動の解明と、言語進化への展開」23H03424、基盤研究(C)「実体模型および摘出喉頭による仮声帯振動機構の解明と歌唱、医療、言語進化への展開」20K11875、公益財団法人三菱財団自然科学研究助成「話しことばと嚥下の共進化プロセスに関する実験的研究」202310032の支援をうけて実施しました。また、本研究の一部は、公益財団法人日本モンキーセンターとの連携研究です。

​図版

左、ワオキツネザルの声帯のバーチャル解剖図、緑が声帯筋で、その筋が入っている下の部分が声帯(V, vocal fold、声帯ヒダ)、上か今回解析した第二の声帯(声帯前庭が変形したもの、VVF, vestibular vocal fold、前庭声帯ヒダ)。右上、ワオキツネザルの前庭の上皮の染色切片。右下、モデル声帯(白い部分)。

Nakamura, K., Kanaya, M., Matsushima, D. Dunn, J. C., Hirabayashi, H., Sato, K., Tokuda, I. T. & Nishimura T*. Twin vocal folds as a novel evolutionary adaptation for vocal communications in lemurs. Scientific Reports 14, 3631 (2024).

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