関係者からの追悼文
京都大学において長年にわたり「こころの進化」の研究に貢献してきたチンパンジーの「アイ」が、2026年1月9日16時4分、高齢と多臓器不全のため、数多くのスタッフに見守られながら静かに息を引き取りました。享年49歳でした。
初めて出会ってから27年、共に仕事をするようになって18年。私とほぼ同世代であったアイは、チンパンジーのこころについて、チンパンジーという存在について、そしてヒトについても、多くのことを教えてくれた研究のパートナーでした。認知能力という点だけを見れば、アイが特別に「天才」だったわけではありません。適切な手法で検討すれば、他のチンパンジーたちも同様の結果を示すからです。しかしアイは、ことさら好奇心が旺盛で、さまざまな課題にも高いモチベーションで取り組むチンパンジーでした。その姿は、チンパンジーのこころを探るために「どのような課題がふさわしいのか」を、研究者に問い直させ、気づきを与えてくれるものでした。その意味で、やはりアイは特別な存在でした。
歳を重ねるにつれて、アイのアイデンティティの一つでもあったモチベーションや好奇心にも変化が見られるようになりました。研究への参加そのものよりも研究者との交流へと関心が移り、実験室に来ても課題に向かう時間より、研究者と触れ合う時間のほうが長くなっていきました。食事よりも、食事を運んできた飼育スタッフや研究者との触れ合いを楽しむ時間が増えていったことも、印象深く記憶に残っています。
そうした時間を共に過ごすことができたことを、研究者として、そしてパートナーとして、心から幸せに思います。アイに、またアイを支えてくれたすべての皆様に、深く感謝するとともに、いまはただ、アイが安らかに休めていることを祈ります。
ありがとう、アイ
ヒト行動進化研究センター
高次脳機能分野
行動科学グループ
准教授 足立幾磨
アイが亡くなって一か月ほどが過ぎましたが、運動場に足を向けると、まだ「そこにいるのではないか」と思ってしまいます。
会えば挨拶をし、同じ場所で時間を共有する。その中で、アイは、研究だけでなく、仲間と起こる日常の様々な出来事を私たちに共有してくれました。仲間とどう遊び、どう折り合いをつけ、どう交渉し、ときに距離を取り、また寄り添うのか。ヒトに近いけれども同じではないチンパンジーが、どんな生き物で、どんな世界を生きているのか、アイはその輪郭を教えてくれた存在でした。
そして不思議なことに、そうした経験の積み重ねが、「こういうふうに聞けば、知りたい問いに近づけるのかもしれない」という研究のヒントになることもありました。そうした意味でも、アイは、研究の“対象”という言葉だけでは言い表しにくく、「パートナー」と呼ぶのがふさわしい存在でした。
ありがとう、アイ。かかわらせてもらえたことを、心から光栄に思います。
どうか安らかに。
ヒト行動進化研究センター
高次脳機能分野
行動科学グループ
助教 服部裕子
2026年1月9日、チンパンジーのアイが亡くなりました。しばらくはアイのいないことになかなか慣れず、うっかりアイの分のごはんも用意しそうになっていました。アイが寝ていた場所、ごはんを食べていた場所、行き来する人々を観察していた場所、市街地を眺め
ていた場所、どこにもアイがいないことに寂しさを覚え、一方でまだどこかにいるような気さえして、存在の大きさを実感する日々でした。
私がアイと初めて会ったのはもう17年も前のことになります。アイは、チンパンジーとの接し方や、チンパンジーがどういう生き物なのかを、時には厳しく時には楽しく教えてくれ、私を育ててくれた大先輩でした。また、何か新しいものを導入する際にはアイに確かめてもらったり、群れの中ではごたごたを収めてもらったりと、ヒトからもチンパンジーからも頼られる存在でした。
そんなアイには感謝の気持ちでいっぱいです。同時に、生きている間にもっともっとできることはなかっただろうかと、後悔や反省の気持ちもあります。おそらく、どれだけ努力していたとしても、その思いは無くならないのだと思います。そのすべての気持ちを忘れず、今後もチンパンジーたちと向き合っていきます。
どうか、見守っていてください。
ヒト行動進化研究センター
人類進化モデル研究センター
技能補佐員(飼育補助)
市野悦子


